坂本祐央子です、自己紹介 その2 〜20代(四街道市・我孫子市)編〜
こんにちは、坂本祐央子です。
自己紹介の続きです。
前回の記事はこちら⇨ その1
コミュニケーションが苦手な私が普通の人生一直線に生きてみた
父親の仕事(自衛官)の都合で、富山県高岡市で生まれてから、千葉県千葉市、北海道旭川市、千葉県四街道市に引っ越しをしてきた子ども時代は、おとなしく目立たず、人とのコミュニケーションを苦手に思っていました。
卒業時に図書館の貸し出しトップ3が、仲良しの友達でその中に私も入っているぐらい、図書館の本を借りては読んでいました。
その後、地元の短大の初等教育学科に入り、小学校教諭・幼稚園教諭になるための勉強をしましたが、とくに教員になりたかったわけでもなく、なんとなく学生生活を送っていました。
人とのコミュニケーションも苦手、目的意識もない学生生活をずーっと送っていたわけです。音楽と本が仲良しな、どこにでもいる大人しい子でした。
短大の頃から付き合っていた彼と結婚、そして出産
短大時代から付き合っていた高校の先輩と、社会に出るタイミングと同時に結婚しました。ここも普通の人生一直線です。当時、福島県郡山市で1年間を過ごしました。
その後、夫の仕事で茨城県我孫子市に転居し結婚して3年目に女の子が生まれました。その頃から、自分が何をしたいのかが少し見えてきました。
子どもの成長を考えた時に、当時「Windows95発売」のニュースをみてパソコンを購入し、インターネットを始めました。
インターネットから交流と、多様な価値観を知る時期
当時、富士通から出ていたWindows95向けソフト「TEO」というコミュニケーションを意識したソフトを購入して、ネット世界で人と繋がり、パソコン雑誌から取材を受けるようになりました。
自分の世界がぐっと広がってきた瞬間でした。いろんな自分の知らない価値観があることにも気づき面白くなってきました。
娘が小学校3年になった頃、夫婦の間のDVで離婚し、千葉に戻り娘と2人での暮らしが始まりました。
パート主婦から仕事を一生懸命して生活する毎日になり、社会との関わりがぐっと増えてきた頃でもあり、娘が学校でいじめにあったり、社会の中にいる感じが満載な毎日。
つづく